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カテゴリー: 仏事の泉 (2017年下期)

BSN「新潟名刹紀行」は
毎週金曜日 AM9時55分〜10時00分 放送中です。

2019年3月29日まで放送された名物コーナー『仏事の泉』のバックナンバーをご紹介します。

仏像の像容5  12月29日(金)

仏像の像容5  12月29日(金)

今月は、仏像についてお話しています。

今回は、菩薩像についてです。

菩薩とは、仏の悟りを求めて修行する者をいいますが、元々は、悟りを開く前のお釈迦さまのことをさしていました。

いま仏像に見る菩薩の多くは、文殊や普賢をはじめ、既に悟りを得ているにもかかわらず、衆生救済のために敢えて菩薩にとどまっているとされる菩薩たちです。

菩薩像の像容は、出家前のお釈迦様のお姿で表されていますので、古代インドの王族の衣装が基になります。

髪は結い上げ、頭は宝冠や瓔珞で飾られています。

また、手足を腕釧(わんせん)・臂釧(ひせん)・足釧(そくせん)といった輪(リング)で飾った優美な姿は、質素な如来像とは対照的です。

仏像の像容4  12月22日(金)

仏像の像容4  12月22日(金)

今月は仏像についてお話しています。

今回は、大日如来像についてです。

大日如来は、あらゆる時間的・空間的世界を超越して、いつ如何なる場合においても、すべての生きとし生けるものの幸福を願い、様々な姿を表しながら働き続けている仏さまと言われています。

大日如来像には、大きく分けて2種類のお姿があります。

一つは、左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で包み込む智拳印(ちけんいん)の印相を持つお姿。

もう一つは、お腹の前で両手の全ての指を伸ばして組み合わせる定印(じょういん)のお姿です。

また、如来でありながら装飾品を身に付けているのも、大日如来の大きな特徴の一つと言えます。

仏像の像用3  12月15日(金)

仏像の像用3  12月15日(金)

普段、私たちが目にする仏像には、如来、菩薩、明王などの種類があります。

今回は、薬師如来像についてお話します。

薬師如来は、人々から病の苦しみを取り除き、安らかな生活を与えてくれる仏さまとして信仰されてきました。

像容の特徴は、左手に薬壺(やっこ)を持ち、上げた右手の薬指を前に出したお姿ですが、中には右手の薬指が出ていないものや、古いものでは薬壺を持たないものなどもあります。

薬師如来には、十二誓願(じゅうにせいがん)という薬師如来自身が定めた、衆生救済の為の12の誓いがあります。

中でも、6番目と7番目の身体の障害を除き病気を治すという誓願は、医療が行き届かなかった時代の人々からは特に喜ばれ、そのため薬師如来は広く信仰されるようになりました。

仏像の像容2  12月8日(金)

仏像の像容2  12月8日(金)

極楽浄土の教主である阿弥陀如来は、古くから多くの人々に信仰されてきた仏さまです。

今回は、阿弥陀如来像についてお話します。

阿弥陀如来像は、阿弥陀仏の教えを信じる衆生が臨終をむかえた時に、阿弥陀仏自身が極楽浄土から迎えに来るという来迎思想の広まりと共に、立ち姿の立像が多く作られるようになりました。

阿弥陀如来像は、髪形や身なりだけでは釈迦如来像と見分けが付きにくいのですが、印相という手の形を見てその違いを見分けることができます。

なかでも九品来迎印(くほんらいごういん)という9種類の印相が特徴的です。

しかし、これも決して固定化された形態ではありませんので、安易な即断や決めつけは要注意です。

仏像の像容1  12月1日(金)

仏像の像容1  12月1日(金)

日本人が初めて仏像に出合ったのは、6世紀頃だといわれています。

仏像には多くの種類がありその表情も様々です。

今回は、仏像の表情についてお話します。

阿弥陀如来などの如来像は、半眼というやや伏し目がちな表情をしています。

これは、外の世界と心の内なる世界との両方を見つめている姿だといわれています。

それに対して観音菩薩などの菩薩像は、優しい慈悲に満ちた表情をたたえ、より私たちの身近に寄り添っているように感じられます。

一方、不動明王などの明王像は、髪を逆立てカッと両目を見開き、口を大きく開けた憤怒の表情を見せていますが、これも何とか衆生を救いたいと、強く願う仏の心がその表情となったものです。

六字名号とは  11月24日(金)

六字名号とは  11月24日(金)

南無阿弥陀仏のお念仏を「六字のお名号」ともいいます。

今回は、この「六字名号」についてお話します。

南無阿弥陀仏の六文字からなるお念仏を「六字名号」といいます。

「南無」はサンスクリット語の「ナモー」で帰依の心を表し、「阿弥陀仏」は「アミターバ・ アミターユス」の「アミタ」にあたり、「はかりしれない光明と、はかり知れない寿命を持つ仏さま」という意味です。

六字名号は、「はかり知れない光明と寿命を持つ阿弥陀仏に帰依します」という意味になりますが、日本の浄土教では、名号を称することは阿弥陀仏の本願に適う往生の行であり、また、仏像や絵像と同じく名号を本尊と拝することもあります。

両界曼荼羅  11月17日(金)

両界曼荼羅  11月17日(金)

曼荼羅という言葉を耳にすることがあると思いますが、今回は「両界曼荼羅(りょうかいまんだら)」についてお話します。

「両界曼荼羅」は、平安時代に弘法大師空海が中国へ渡り、密教を学んだのちに日本へ持ち帰ったと伝えられています。

曼荼羅は密教の教えを造形化したもので、大日如来を中心とした数々の仏を一定の秩序にしたがって配置しています。

それには「金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)」と「胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)」の二つがあり、合わせて「両界曼荼羅」といいます。

曼荼羅の語源はサンスクリット語のマンダラにあり、布や紙に描かれたものだけではなく、土の上に色砂で描かれるものもあります。

涅槃(ねはん)の意味  11月10日(金)

涅槃(ねはん)の意味  11月10日(金)

お釈迦様が入滅された2月15日に、お釈迦様の遺徳を偲びたたえるために行われる法要を涅槃会といいます。

今回は「涅槃」についてお話します。

涅槃は、サンスクリット語でニルヴァーナといい「吹き消すこと」という意味です。

そこから、激しく燃え盛る煩悩の炎を吹き消した、安らかな悟りの境地を意味します。

それは、身勝手な欲望や怒りの心が消滅した、静かで穏やかな境地であり「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」と示される世界です。

これは仏教の目指す究極の世界と言えます。

また、涅槃は入滅によって肉体という最後の束縛を離れたお釈迦様の死を、完全な悟りとして表す言葉でもあります。

阿吽(あうん)の意味  11月3日(金)

阿吽(あうん)の意味  11月3日(金)

お寺の山門で対を成す仁王像は、一方が口を開き、もう一方は口を閉じています。

開いている方を「阿形」、閉じている方を「吽形」といいます。

今回は、この「阿吽」についてお話します。

サンスクリット語にも日本語の50音とよく似たものが有ります。

「阿吽」の「阿」は、その最初の文字であり、「吽」は最後の文字を表すことから、「阿吽」は物事の最初から最後までを意味しています。

それは、宇宙の始まりと終わりを意味する言葉でもあれば「阿」はこの世に生まれ、悩み、道を求める菩提心として、「吽」はついに究極の涅槃(ねはん)に至るという人の一生にもあてられます。

山門にある阿吽の形相の仁王像は、仏教の宇宙観の象徴と言えます。

寺の行事 成道会  10月27日(金)

寺の行事 成道会  10月27日(金)

みなさんは、お寺の年中行事を幾つご存じでしょうか。

今回は、成道会(じょうどうえ)についてお話します。

お釈迦様は、釈迦族の王子として誕生しましたが、人間が決して逃れる事の出来ない「生(せい)」「老い」「病(やまい)」「死」という、いわゆる生老病死(しょうろうびょうし)の四苦の解決を求めて、29歳で出家しました。

そして数々の難行苦行を経たのちに、その行き過ぎた苦行を捨て、35歳の12月8日に菩提樹の下で瞑想に入り悟りを開きました。

仏の悟りを開くことを成道といい、この日を記念し祝うための法要が、12月8日の成道会です。

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